大阪高等裁判所 昭和38年(ネ)68号 判決
○当事者
控訴人
岡本政次郎
右訴訟代理人弁護士
小畑実
被控訴人
内田寛二
右訴訟代理人弁護士
宮武太
○主 文
本件控訴を棄却する。
控訴費用は控訴人の負担とする。
○事 実
控訴代理人は「原判決を取消す。被控訴人より控訴人に対し、被控訴人と訴外竹内市太郎との間の大阪地方裁判所昭和二六年(ワ)第二九三五号家屋明渡等請求事件の判決により控訴人を右訴外人の承継人として付与した執行力ある正本に基く別紙目録記載の不動産に対する強制執行はこれを許さない。」との判決を求め、被控訴代理人は主文同旨の判決を求めた。
当事者双方の事実上の主張、証拠の提出援用認否は、
控訴代理人において、昭和三四年一〇月に被控訴人と訴外竹内市太郎との間に成立した和解の内容によれば、訴外竹内は本件家屋のうちその直接占有に係る二階部分のみを明渡す義務を負担したもので、控訴人の占有する階下部分については同訴外人は明渡義務を負担せず、即ちこれを免除されたものであつて、右は既存の家屋明渡事件の確定判決の内容と異る権利義務の約定で、かつ右確定判決の効力を争う請求異議事件の繋属中に右の約定の下に控訴を取下げたものであるから、右請求異議事件の第一審判決は形式的確定力を生じても、その実質的効力即ち既判力は控訴人について生じない。仮りにそうでないとしても、右和解の内容は本件家屋の階下を控訴人に賃貸することに在つて、右は第三者たる控訴のための契約であり、控訴人はこれが受益の意思表示をするから、これによつて賃貸借契約が成立したものである。また前記家屋明渡事件の確定判決(本件の債務名義)の内容は、訴外竹内に対して契約解除による原状回復義務の履行として本件家屋の明渡と損害金の支払を命じているもので、右は債権関係に基く対人的義務であり、しかも直接占有者に対するものではない。従つて控訴人が右の対人的債務につき、引受その他控訴人の意思に基く債務負担を為さない限りは、右債務名義に基く義務の承継人とはなり得ないものである。なお、本件債務名義については、すでに控訴人に対する承継執行文は付与されているが、右付与に対しては別は異議申立はしていない、と述べ、
被控訴代理人において、訴外竹内は本件家屋の全部を直接占有していたものであり、訴外戸和はその内階下店の間のみを共同的重畳的に占有していたところ、控訴人は右店の間につき戸和の占有消滅後に訴外竹内の直接占有を、その余の階下部分につき訴外竹内のみの直接占有を承継したものである。また本件債務名義たる家屋明渡事件の確定判決は、被控訴人が本件家屋の所有者かつ賃貸人であるところから、契約解除に基く家屋明渡請求を認めたもので、右判決に因る義務は債権的であると同時に物権的でもあるから、訴外竹内に対する関係では債権的であつたとしても、控訴人に対する関係では物権的請求権に対応する義務ともいうことができるので、右債務名義の承継人たり得るものである(最高裁昭和二六年四月一三日判決、判例民事法昭和二六年度一〇一頁以下(兼子)参照)。仮りに右確定判決に因る義務が債権的なものであるとしても、その目的物の占有の承継人に既判力が及ばないという見解は、その承継した物の実体法上の権利が債権者に対抗し得る場合に限りこれを主張するものであつて、その他の場合には債務名義の承継人たることは是認されているものである。そして本件における控訴人の占有は元来不法占有であつて、被控訴人に対抗できない占有であるから、控訴人は民事訴訟法第二〇一条の承継人に該当する。仮りにそうでないとしても、物権的請求権は物権そのものと異つて対世的効力がなく、この点では債権的請求権と異るものではないから、債務名義の既判力の及ぶ範囲を権利の実体法上の性質によつて区別しようとするのは誤りである。既判力、執行力は訴訟法上の効果であるから、訴訟法によつて定まるもので、既判力の基準時以後に於て占有を承継した控訴人に対しては、本件債務名義による家屋明渡執行は許されるべきである(法律学全集三五巻、民事訴訟法一七四頁参照)。本件債務名義につき控訴人に対する承継執行文が付与されたこと、及びこれに対して別に異議申立のないことは認める、と述べたほか
原判決事実摘示と同一であるから、これを引用する。
○理 由
本件家屋につき被控訴人から訴外竹内市太郎に対する大阪地方裁判所昭和二六年(ワ)第二九三五号家屋明渡等請求事件につき昭和二七年一月一七日終結の口頭弁論に基き同年二月七日に為された右訴外人に対し賃貸借契約解除に基く家屋明渡を命ずる判決が確定したこと、その後被控訴人の申立により控訴人を右訴外人の承継人として右債務名義の承継執行文が付与せられたことは当事者間に争なく、控訴人が右債務名義たる確定基準となつた口頭弁論終結時以後である昭和二九年九月頃本件家屋の転借人として右家屋の占有を承継した者であることは、控訴人の自認するところである。
控訴人は、右確定判決が訴訟取下をほのめかし訴外竹内を欺罔して獲得せられたものである旨主張するが、(中略)右主張を確認すべき事実は認められない。
よつて次に控訴人が右確定判決の既判力の消滅原因として主張する口頭弁論終結後の賃貸借契約の存続又は新契約成立若くは昭和三四年一〇月二二日の和解による合意解除の有無につき審按する。
控訴人は先ず、被控訴人と訴外竹内との間には前記確定判決の口頭弁論終結後引続いて賃貸借契約が存続したか、又は弁論終結を期として従前の賃貸借契約と同一内容の契約が成立したと主張するけれども、甲第二号証の成立は被控訴人の否認するところであり、それが被控訴人の意思に基いて作成されたことについては何等の立証なく、却つて成立に争のない乙第一号証と証人(省略)の証言によれば、右甲第二号証は事情を知らない被控訴人の三男内田広が被控訴人の許諾なく作成し、その際同号証記載の金員を一旦預つたが、後に被控訴人がこれを覚知するや直ちに返還したものであることが認められ、その当時の賃貸借契約の存続又は成立の資料と為すに足らないものであることが明らかであつて、その他控訴人の全立証によるも控訴人主張の賃貸借契約の存在を確認するに至らないから、右主張は理由がない。
次に控訴人は、昭和三四年一〇月二二日の和解により被控訴人と訴外竹内との賃貸借が合意解除せられたので、同訴外人の明渡義務は右和解により初めて発生したものであり、又は同訴外人は本件家屋の二階のみの明渡義務を認めて、その余の部分(本件階下部分)の明渡義務を免除せられたものであり、もしくは階下部分を控訴人に賃貸することを定めて第三者のための契約を結んだものである旨主張するけれども、昭和三四年一〇月二二日、それまでに訴外竹内が被控訴人に対し提起していた請求異議訴訟で同訴外人が敗訴し、控訴を提起して繋属中であつたのを、右同日控訴の取下をしたことのみは当事者間に争がないけれども、その当時に賃貸借契約が存在していた事実がなかつたことは前段認定事実によつても明らかで、合意解除の余地は到底考えられないのみならず、右控訴取下の際本件家屋の階下部分につき同訴外人が明渡義務を免除せられたこと、又は右部分を控訴人に賃貸する約定がなされたことについては(中略)被控訴人は竹内が本件家屋を明渡すに際し立退料を支払うことを約し、控訴人についても右訴外人の責任で明渡を為さしめることを求めたが、竹内は控訴人を恐れて明渡請求を実行せず、結局本件家屋の階下部分に対する控訴人の占有の処置については竹内との間に何等の約定をしないままで同人は明渡を為したことが認められ、右控訴人主張事実はすべて認められないから、右事実に基く既判力の消滅も亦認めるに由がない。また確定判決後においてその当事者間において単に示談がなされたことのみによつては、さきの判決の既判力執行力が直ちに消滅するいわれはない。
控訴人は、次に前記確定判決に掲げる本件家屋の表示方法が執行目的物件の同一性を示すに不充分であるから執行力はない旨主張するが、成立に争のない甲第一号証(判決正本)主文によれば、本件家屋は「大阪市北区天神橋筋五丁目一五番地、木造瓦葺二階建西向六戸建の内、北より三軒目の家屋」として表示され、明渡執行の目的物としては、充分他の物件と区別して特定し得べき表示を備えているから、控訴人の右主張も採用し難い。
最後に、本件債務名義の債務者として、控訴人が訴外竹内の特定承継人として承継執行文が付与されたことにつき、控訴人は右承継を争うので案ずるに、請求に関する異議訴訟は、債務名義を保有する債権者が反対当事者たる債務者及びその当事者資格の移転による承継債務者に対して現に有する執行力の排除を求める訴訟であるから、右の執行力の移転、承継に違法原因が存する場合も、執行力の発生について違法原因が存する場合と同様に、右訴訟の対象となし得べきものと考えられるところ、本件の基本債務名義に示された家屋明渡請求権の原因が、賃貸借契約解除に因るもの、即ち解除による人的債務として生ずる原状回復義務であることは前記の通り争なき事実であり、被控訴人は、右債務名義の債権者たる被控訴人は目的家屋の賃貸人であると同時に所有者であつたことを理由とし、又は、物権的請求権も債権的請求権と同様に対世的でないことから、右債務名義の示す明渡請求は債権的であると同時に物権的性質をも併有する旨主張するけれども、前掲甲第一号証(判決正本)によれば、右判決の原告たる被控訴人がその明渡請求の目的家屋の所有者であることは、右債務名義たる判決において主張も認定(判断)もされていない。また物権的請求権なるものを物権から独立した権利と考えず、物権そのものの効力と考えるときは、それが現に向けられている義務者以外の者に対しても、本来当然に成立し得る権利である点において、債権的請求権との差異を是認せざるを得ないから、いずれにせよ、この場合債務名義たる明渡命令の示す権利を、現にその判断の対象とされた実体上の権利に限定する見解に立つ限りは、右被控訴人の主張はそのまま首肯採容する訳にはゆかない。
しかしながら債務名義たる給付判決の表象する給付命令は、訴訟当事者の有する実体法上の権利の存在を確認し、これを原因として、その当事者の実体権の実現に奉仕するため、その権利内容たる給付に適合する給付を為すべきことを、その義務者に対して強制する新たな国家権力に基く訴訟法的(公法的)義務を設定したものと考うべきであり、しかもそれは、その強制実現にあたり義務者の行為意思を期待せず、むしろ義務者の意思を否定し、その意に反して財貨の移転としての内容を持つ給付を事実的機械的に実現せしめる趣旨のものであつて、それ自体は実体上の権利行使そのものではないから、その実現の要求内容も、通常、その原因たる実体関係から抽象した命令内容を以て表現せられ(例えば「賃借家屋の返還」に代うるに、単に「家屋明渡」の如き)またそれが至当である。即ち、ここに設定せられた義務は、その原因となつた債権的又は物権的の実体法上の権利義務を素材としてこれを捨象して構成せられたもので、実体上の権利義務は、ここでは公法上の権限(助行権限)、公法上の義務(執行受認義務)となつて、国の介在する訴訟関係の両端としての両当事者に人的関係を持つ権利義務が出現したものと理解されなければならない。そうすると、民事訴訟法第四九七条の二の規定の定める執行力の人的範囲の承継拡張も、右のように設定せられた義務の承継として、訴訟法的に考察されるべきであつて、単に、債務名義の成立以前の、いまだ変容、強化せられない当事者双互間の対等的な私権の実体法的法律関係の実体法的承継としてのみ論ぜらるべきではない。
右の見地に立つて、債務名義において義務者に特定物の占有(ここにいう占有は、執行の時までに予定せられた占有を含む)の移転を命じた場合の右義務者の地位の承継原因(実体法的理由に基くもの)を検討すると、右の場合の義務者の地位は、その者が「その特定の占有目的物の占有に関して」義務を負担した地位と解するを相当とするから、その債務名義の成立後において、債務名義表示の義務者よりその目的物の占有を実体法的に承継取得した者は、原則として「その物の占有の保持に関して負担する義務」の承継人即ち債務者たる地位の承継人と考えることを得べく、たゞ右の義務は本来純粋な対物義務のように絶対的な無限定のものではなく、また義務負担についての公示もないので(このような訴訟法上の義務負担について公示のある場合の適例は、保全処分命令の場合に見られ、その効果も以下説示と同様に解される)、第三者に対抗し得べき権利を取得した占有承継人の利益を害することは許されないと解すべきであるから、もしその承継人が債権者に対して、その物の引渡(占有移転)自体について抗弁権その他の拒否権を有する場合、及び占有の基礎たる本権(所有権その他の占有権原)に基いてその権利内容を何びとにも対抗し得る場合は、ここにいわゆる訴訟法的承継を遮断し得る事由が存するものとして、承継は否定されなければならない。右の通り、訴訟法的承継が実体法的承継と当然異なつて考えられて然るべきことは、当事者自身が実体権を承認又は変動せしめて自ら法効果を創造した上で、その強制実現の義務負担を甘受する裁判上和解や調停における義務者の地位承継についても是認せられている法理であり、これと給付判決上の義務の承継との間に格別の差異を認むべき筋合はない。以上の見解を本件に適用するに、控訴人はさきの債務名義において訴外竹内が被控訴人に対して引渡を為すべきことを命ぜられた本件家屋の占有について、その判決確定後の占有の承継取得者であり、しかもその取得原因は、右訴外竹内との転貸借であつて、同訴外人にのみ対抗し得る対人的権利者に外ならず、右の控訴人の権利は、その目的家屋の賃貸人である被控訴人には当然に対抗し得るものではないから、控訴人は右の実体法上の占有承継を以て、本件債務名義の義務者の地位の訴訟法的承継人ともなつたものといわねばならない。そうすると、控訴人が実体法上債権的義務の承継人でないことを理由として、承継執行文付与による執行義務者たることを争う控訴人の主張も亦理由のないものとして排斥を免れない。
そうすると、控訴人の請求はすべて理由がなく、これを棄却した原判決は結局相当で控訴は理由なく棄却すべきであるから、訴訟費用につき民事訴訟法第八九条を適用して主文の通り判決する。(裁判長判事 岡垣久晃 判事 宮川種一郎 判事 鈴木弘)
目 録(省略)